私にとって、このクラシックなスタイルは、日常というハードルからの脱却を表すものなのです。
我々の経験したこの度の戦争や、危機的な状況は、私の人生・哲学・芸術に大きな変化をもたらしました。私は今33歳ではなく、133歳になったような気がします。目の前で多くの生命や街や生活が、無残にも完全に奪い去られた時、人間は、永遠な物、非物質的なものを、もっと信じるようになります。そして芸術においては、決して妥協しない、断固とした姿勢を持つに至っています。
死者の戦慄、朽ち果てていく死体。それらを経験することなく、Lisztの葬送曲をはじめとする死者にまつわる曲を、どう演奏できるでしょう。
『月光』ソナタの持つ独特の魔力を感じない人はいないでしょう。今回私の選んだプログラムは、すべて、ピアノ曲の素晴らしさ、人間の精神と想像性の可能性を示すものです。そしてLisztは以前より評価は高まったとはいえ、まだ理解は充分ではありません。彼の作品には、豊かな解釈力と表現力が求められ、彼の音楽には限りないほどの感情、観念、現象といったものが溢れています。LisztはBachに並びうる最高の器楽音楽家だと思います。
(96年/コンサート・チラシより)
Profile 2002年7月6日三鷹公演