2002年6月25日(火) 紀尾井ホール PM 7時開演
4月下旬並の寒さだが、しかし雨足は霧雨程度となった今年の紀尾井ホール。ホールに入ると、テレビ・カメラが設置されており、期待に胸が膨らむ。(9月12日(木)AM
8:05〜AM 9:00,NHK BS2「クラシック倶楽部」にて放送)
開演時間が過ぎ、静かに暗転。颯爽と、しかしゆっくりとした足取りで、ゲキチ先生の登場である。去年と色違いと思える玉虫色(黒と金の地?)のスーツ、髪はポニーテールであるが、相模大野に行かれた方の情報によると、ソバージュで脱色されているという話。手にしたハンカチ をポィっとピアノの右中に無造作に放り込み、間合いを計る。開演前には瞑想なさっているというゲキチ先生、始めの1音を出すまでに、すぅっと世界に入る。一緒に見ているこちらまで、トリップさせられた。「月光」では、しっかりとした輪郭線を描きながら、丁寧に音を紡ぎだしていく。この曲にはもともと「幻想ソナタ」という名がBeethoven自身によって付けられていたんだなぁ、と思い出させられた。第1楽章の雰囲気を保ちながら、第2楽章へ。どっしりと重いタッチに、Beethovenのぼってりとした顔の肖像画を見ているようであった。第3楽章は、力強いタッチで華麗に鍵盤上を舞い上がる。御自身が投影された、深い「月光」だった。
丁寧に挨拶なさり、一度退場、続いては「ロンド・ア・カプリッチョ」。時にユーモラスでもある曲に、肩の力を抜かせて頂きました。
「熱情」第1楽章も、確実なタッチでダイナミックに演奏された。第2楽章に入るのには、かなり呼吸を整え、静かに歌う。第3楽章への入り口の和音では、ちょっと面白いペダル効果を使っていた。さて、この第3楽章では、コーダからラストまでのスピードにびっくりしました。超特急で駆け抜けたのだが、決して雑にはならず、きちんと意思が伝わっているのだから、全くたいしたものであります。
後半のリストは、「愛の夢」に変わって、「エステ荘の噴水」。一寸甘味過ぎて気恥ずかしい「愛の夢」より、私はこちらの方が好きなので、得した気分でした。美しい水の情景描写は心地よく響き渡りました。さて、この曲のラストの方で、和音群が打ち鳴らされるのですが、ここにはっきりと、宗教的なものを感じました。リスト自身、敬虔なカトリックで後に僧門に入った程ですから、曲の中に反映されていて当然といえばそれまでで、逆に言うと、信仰心が無い者には、ちょっと表現しきれない部分かもしれません。
そのまま続けてソナタに入ったのですが、その感は、このソナタの中盤の緩叙部分でも、同じでした。そうした背景があって、この巨大な単一楽章のソナタが飽きることなく聴かせられるのでしょう。やはりリストを弾かせたら、ゲキチ先生の右に出る者はいないでしょう!!
アンコールは、気楽なChopinの練習曲から。Op.10-8の最後の和音が洒落ていて良かった。で、今回のラストも、おーっっまだそんな体力が!!の半音階的大ギャロップ。楽しい楽しい曲ですね。
ほとんど全ての曲を弾く前に、指を動かす仕草をするのですが、これがまるで魔法使いが鍵盤に魔法をかけているようでしたね。弾いている時も、ちょっと魔法使いに見えました。
そして、時には弾き始める前に客席を見回して、雰囲気を吸収しているのでしょうか、暖かい笑みを浮かべていらっしゃいました。やはりこうしたお人柄が、まんま演奏に反映されていたと思います。